2011年12月29日木曜日

雪が降りません

先週来、日本列島は西高東低の典型的冬型気圧配置になり、日本海側は大雪とのニュース。なのに当地はほとんど雪が無い状態だ。多くの場合、この地の天気は太平洋側と同期をしているようで、雪の日は元来少ない。一年を通して晴れが多く、年間日照時間は日本でもトップクラスなのだ。


それにしても、今年は特に雪が遅い。今季になって、まともに降ったのは一回か。その雪も今は溶けてしまった。ただ、気温は低く。朝方は零下10度を超えている。

そのおかげで、最寄りのスキー場富士見高原パノラマリゾートは、13日になんとかオープン。一部滑走可能だった。現在は、人工降雪機をフル稼働させて、すべてのゲレンデが滑走可能になった。夜も雪づくりのためだろう、緑のライトに照らされたゲレンデがきれいに家から見える。

来年早々から、スキーインストラクターのお仕事が始まる。何もトレーニングをして来なかった我が身がちょっと心配。

2011年12月22日木曜日

輪ゴム銃出展

チョット前の事になる。ご近所のお子さんが通っている森のようちえんで、文化祭のようなイベント(正式な名称不明)があった。そこでクラフト関連のお店出展を探しているとかで、当方にお声がかかった。


ここは一番。一肌脱がきゃいけない。就学前のお子さんたちが自分で作れて遊べるもの、ということでゴム銃作成はどう? とお伺いを立てたら、どうぞとの回答。でも難しいのはダメよと。

昔懐かしの割り箸と輪ゴムのやつを、作り方指南と射撃をセットで楽しいでいただこうと、用意。

当日、そこそこの人気でしたね。作るのは、お父さんの手助けが必要な子もいたけど、みんながんばった。


射撃で、2メートル先の的を落とせば、その木製の的をゲットできるルールとしたので、結構みんな熱くなってくれました。中には、一人で5個も取る小学生が出来てきて、在庫が厳しくなってきた。なので、途中急遽ルール変更。「ひとり一個までよぉ~」と大人の事情を行使。ゴメンナサイ。

森のようちえんは、全国にいろいろな形態で広がりつつある幼児保育なのだそうだ。体験活動を主体としていて、一日のほとんどが野外での活動で、毎日泥だらけになっちゃうらしい。資格をもった保母さんもいるけど、ほとんどの運営はお母さんたちがおこなっているもの特徴だとか。以前、豊科に行った時も、そこで森の子として運営していたな。

将来クラフト・フェア出展を夢見ている身としては、まずは順調な滑り出しとなりました。

2011年12月20日火曜日

誕生日ランチ

12月は、家族の誕生日ラッシュ。長男、ニョウボ殿、そして自分自身の誕生日が今月だ。子供の頃のある時期から、12月の誕生日は損してると気がついた。なぜならクリスマス・プレゼントと合同になっちゃうから。ケーキも合わせてひとつだけだった。

先週の土曜日、ニョウボ殿の誕生日を祝おうとレストランに予約をした。予てより一度行きたいと思っていたアジアートという店だ。


先の農作業小屋作りで知り合いになった若いコンビが、このレストランの開店工事を請け負っていて、春の改築中の現場を見学に行った。その縁で開店したら是非と待ち構えていた。でも行ったら臨時休業だったり、満席だったりで2度3度と空振りが続いた。

今回も、「本日満席です」と言われた。今回は逃さないとの思いから、明日は?、、。「満席です。」 では、月曜は?と食い下がってやっと取れた予約だった。


古民家を改装して、古いもの新しいものを微妙に組み合わせた何とも雰囲気のあるたたずまい。その珍しさも面白いけど、出てくる料理も泣かせる。地元の野菜をいろいろ使って何ともうれしくなるアレンジだ。お昼はコースが二種。パスタも二種からチョイス。ドリンクにワインを選ぶことができる。迷わず赤ワインをお願いした。リーズナブルというかバーゲンなお値段もありがたい。

建物や家具、いろいろ参考になりました。こんな使い方ができる。こんなんでも良いんだあ、なんていろいろ発見がありました。ニョウボ殿の写真をお借りしてブログにアップ。

 

帰りにシェフに「おいしかったです」と声をかけたら、わざわざ出口外まで見送ってくれました。そんな心遣いに感謝。

2011年12月16日金曜日

農地の小屋作り

今年春から5回シリーズのワークショップ「農地の小屋作り」に参加してきた。今月上旬が最終回で、残念ながら農地の小屋は半完成で終わってしまった。

場所は、隣の町、富士見町の井戸尻遺跡公園近く、車で20分ぐらいのところだ。主催者が自然農を実践していらっしゃるとかで、参加者を募って自然農を一緒に学ぶ八ヶ岳自給自足学校という講座を開設している。今回はその農地の隅に農業用の資材保管や作業用の小屋や建てる。資材はなるべく購入せずに自然のもの、再利用できるものなどを集めるのだという。


写真を見れば、一目瞭然。構造材は古材を集め、バンセンで縛ったり、釘で留めたりで、有体に言えば、戦争直後のドヤ街のバラックである。まあ、人が住むわけじゃあないのだからこれでも充分役割を果すことができるわけ。全体を取り仕切る講師の方は、そこにあるものは何でも全部利用する。捨てるものは何も無い。全てのものはチャンと分類すれば、何かの役に立つ、、、と。

講座最後は、 簡単バイオ・トイレの作り方だ。農作業用のプラスチック収穫箱を用意する。一番下に炭。そして草や枝葉などと土をざっくりと入れる。乾燥しやすいようにコンモリ・フンワリとなるように。以上で出来上がりだ。側に乾燥した草や枝葉と土を別に持っておく。大でも小でも用をたしたら、これらを上に被せる。匂いもしないし不衛生でもない。溜まったら箱ごとひっくり返して堆肥として利用できるとか。微生物のおかげて快適なトイレとなるのだそうだ。


カンナくずのバイオ・トイレもあるけど、あれはかき混ぜるのが大変。自然の木は、幹があって枝があって葉がある。この組み合わせで混ぜる有機物がバランスが良い、、と。

我が家でもやってみたいたけどねぇ、、。

2011年12月15日木曜日

電気配線工事

二階の内装もボチボチ進んでいる。そして、いよいよ電気の配線をやるフェーズとなった。完成後の家具配置を想定して、コンセント、照明とそのスイッチなどなどの位置も決める。後でここにコンセントがほしかったあ~、と嘆いても後の祭り、壁裏にもう配線はできないのだ。


電気配線は、簡単とタカをくくっていたが、やってみると結構大変。頭を使うのだ。単純に2本の電線を繋げば灯りが点く、、っていうことじゃあない。逆に言えば、電気器具まで電気を通す線がチャンと繋がっていなきゃいけない、、、っていうこと。途中にスイッチで切ったり入れたりもしなきゃ。一つのスイッチでコチラ側とアチラの壁照明がつけなきゃいけない。どう配線したら良いの。


なんてことをスッタモンダ。だいたい、この作業、電気工事士の資格を持ってなきゃいけないじゃない、と根本的なところの問題もある。ホームセンターに行けば、必要な部材や工具はみんな調達できるけど、素人はご法度の作業と注意書きも貼ってある。盗聴は違法だけど、盗聴器販売は合法と同じっという論理か?

ということで遅ればせながら、電気工事士の資格取得を目指すことにしようかな。試験は来年の6月、あと半年あるからなんとかなるんじゃない、と超楽観論。でも工事をしてその後試験とることで帳尻合わせになるのかどうか、ってわかっていることを敢えて疑問点にして、頑張るのだ。


試験の結果は半年後に、、乞うご期待。

2011年12月14日水曜日

木工工房建築中

久々のブログ・アップデート。チョットサボると、ずっとサボるになってしまう。継続は力と言う。反省、深く。


さて、今年始めに着工した木工工房。季節を超えてまた冬を迎え、ここまで来た。屋根の完成です。セルフビルドは、完成する日が来ない、と多くの人がいう。その通りになった我が身。ここでも深く反省してはいる、、、、。が、「わかっちゃいるがやめられない」と植木等が歌ったように、反省してもできないものはできない。まあ、じっくり、ゆっくり地道に前進していきましょ。

後は、窓をつけて、外壁下地を張り、断熱材を張り、外壁を張れば、完成の日が訪れる。



ところで、我が木工工房の屋根には大きな四角い穴が空いている。これは、屋根裏で温められた暖気を集め、パイプで、床下に送風することでポカポカにするための仕掛けなのだ。構想どおりうまくいくかどうか、不安を抱えながらの建築。


試しに、屋根の頂点の隙間に温度計を突っ込んでみる、、、と、なんと外気7度に対し、その温度差16度。実に23度もあるじゃありませんか。これで床下のコンクリートが温まるはず、、、、なんですがね。乞うご期待。


ところで、工房の完成はいつ?と施主兼施工主も知りたいその予定。まあ、気を長く見守りましょ。

2011年11月30日水曜日

村民の森 間伐講習会

2年前に初めて参加した間伐講習会。またまた、やって来ました今年の間伐講習会。主催は原村のむらづくり専門部会「村民の森」というボラティア・グループだ。5ヘクタールもの村有地の森を整備したり、参加者を募って森を利用したイベントを催している。


間伐のやり方を紹介する講習会もその一環。参加者は、チェーンソーは持っているけど薪割ぐらいしか使ってことがない人が中心だった。チェーンソー使いは2年の程の経験があるだけで、まだ教えるだけの知識が有るわけじゃない我が身、みなさんのサポート役。そして、間伐方法の復習もいっしょにできた一日。

この村民の森イベント。春にはきのこの菌うちや森の観察会。夏には丸太のテーブルやベンチ作りなどなど、森での暮らしの技術を紹介するものが多い。村外県外のの人も参加可能だ。



当日、チェーンソーは昨日買いましたと言う人が立派に15mほどのカラマツを切り倒した。倒れた木を見て、スカっとしますねぇと満足気だった。

2011年10月15日土曜日

諏訪圏工業メッセ2011 3日目

諏訪圏工業メッセも本日で最終日となりました。鉄平石を利用した床暖房の説明も慣れてきた感じだ。

今日特に感じたのだが、過去に経験したこの種の展示会と雰囲気が違うところがある。それは、家族連れ子供連れの来場者が多いことだ。



昨日までは、小中学校の団体がチラホラ目についたが、今日は土曜日のせいか、小さな子供をつれたお母さんお父さんがとても多かった。そしてその子供たちがとても行儀よく、こちらの説明をチャンと聞いてくれる感じがあったのが、とても嬉しかった。この子たちが将来、諏訪地域のものづくりを担ってくれるのでしょうね。


当方が担当の展示場所の隣で、技能オリンピック出場の若い人達が今日も公開訓練をしていた。時間を区切って説明員がマイクで喋っている。チョット落ち着いたのでそれに注意を向けて聞いてみた。種目は、旋盤加工だ。課題の図面を渡され、汎用旋盤で5個の部品を加工し、それを組み付けるのだそうだ。公差は100分の1ミリ、つまり、0.01ミリの世界だ。鉄とは言え、当日の温度や湿度で、伸び縮みがあるのでそれも考慮しなくてはいけないとか。

ハンドルの手応え、切削音、匂い、切子の出方など、5感のすべてを使って最適な加工を目指す。正に職人の世界。制限時間の5時間を乗り切る体力、精神力、集中力も求められるのだ。


説明後、個別にいろいろ質問。かつては汎用旋盤の種目があったが、今はNC旋盤、つまりコンピュータ化された旋盤で、プログラムで動くものに変わってしまったのだそうだ。汎用旋盤では日本が連戦連勝となってしまったので、それを廃止し、NC旋盤に移行してしまったのだ。「それは誰の意向?まさかヨーロッパ勢?」と聞くとその通りですとの返答。やはりね。自分の有利になるようルール変更とのよく聞く大人の事情がここにもあったと変な納得。これが国際社会の現実だ。

NC旋盤では、韓国勢、台湾勢の勢いが強いのだそうだ。んん~、頑張れ日本!!

目を他に移すと、ベテランの技の披露。スプリング・ドライブの腕時計をほんの数10センチ先で実演して見せてくれている。


スプリング・ドライブ方式の説明と共にすべてお見せしますと言う感じ。隠すべき企業秘密は何も無い。真似ができるならしてみな!!っていう意気込みか。超精密な部品、それを手作業で組み立てる職人がいなければできませんという自信満々のデモンストレーションなのでしょうね。

とても興味深い三日間でした。

2011年10月13日木曜日

諏訪圏工業メッセ2011

諏訪地域の工業製品・技術の展示会諏訪圏工業メッセ2011に出席してきました。毎年この時期に諏訪湖周辺の工業関連の会社が集まって実施されるものだそうです。今回我々、夫婦で出展者としての参加。


我が家の設計をしてくれた設計士さんが、オンドルエコノの床暖房の普及を狙って、その製品を展示。そのユーザとして、説明をして欲しいとの依頼に応じたものだ。寒い原村にある現在の家に引っ越して丸々2年。その間、寒い思いをせずに済んだのは、正にこの暖房システムのおかげなのです。そのお礼と言うか、お仲間増加に寄与したいとの気持ちだ。


時間を見て、会場をウロウロ。現役時代には度々、このような展示会に顔を出したもの。今の身分としてはあまり意味を持つものはないので、説明をしてもらっても申し訳ない感じ。なので、控えめにいろいろな展示物を拝見させてもらった。

特に興味深ったのは、技能五輪出場選手等公開訓練だ。若い人達が電動道具、手道具で一心不乱に作業をしている。額に滲む汗がその真剣さを伝えてくる。頑張れ!!っていう気持ちが浮かんでくるのですね。




2011年9月13日火曜日

豊作のじゃがいもたち

未だじゃがいもの収穫が完了していない。今年はじゃがいもの豊作。掘ると大きい粒がゴロゴロ転がってくる。一時間ぐらい作業しただろうか。箱2杯もとれた。これでもまだ半分か。これ以上に畑に埋まっている。来年までじゃがいもは買わなくても良いだろう。


このあと、2時間ぐらい日に干して、大きさごとに選別して、箱詰めして、サンルーム下の室に納める。農作業っていうのはほんとキリがない。いつも思うのだが、スーパーで買う野菜たち、かなりの作業工程を経てやっとそこに至っているわけだ。かつては、農家に人達の苦労を思うことはなかったが、今はしみじみ感じる。

昨夜は中秋の名月。見上げたとき、雲に隠れていたため月見は見送った。本日改めての月見。十六夜の月、相当の光量だ。青白い光でいろいろなものの影を落としている。


2011年9月10日土曜日

らじるらじる

以下の数字の羅列、次の数字は何?幼稚園の入学問題だそうだ。

1 3 4 6 8 10 □

答えは12だ。上京して間もなく頃、職場の休憩中に出された問題。この種の問題は得意だったけど、これはどうしても分からなかった。聞けば、テレビのチャンネル。関東近郊の。田舎者には分からないというか、気づきにくいのだ。

地デジ化により先月でおしまいの話だ。よほど悔しかったのか、30年以上たった今も覚えている。覚えていることがさらに悔しい。

こんな話を持ちだしたのは、ラジオ番組がインターネットで聴けるようになったからだ。NHKは「らじるらじる」と呼ぶらしい。こちらの電波状況はあまり芳しくない。おまけに鉄板で覆われた母屋ではほとんど電波は入らずFMはかろうじて聴けるがAMは全くダメ。新技術のおかげで、AMもクリアに雑音無しで楽しむことができるようになった。

今後、放送の形態が大きく変わっていくのだろう。ラジオでも、番組のホームページがあり、そこに画像がおいてある。それを参照しながらの説明をするような番組がある。投稿されたメッセージを閲覧できるページもある。視覚情報も利用できるようになってきたし、双方向にもなりつつある。

木工小屋では、いただいたトランジスタラジオでNHKを聞くことが多い。雑音もあるが気にならない程度。作業をしながら世の中との繋がりも保てるような気がする。

夏休みの期間、子供科学電話相談が楽しみだった。「植物は感情があるのですか?」と言うのが一番のお気に入りの質問だった。以前になるが「どうして犬はウンチのあと、お尻を拭かないんですか?」というのもあった。素朴な難問に専門の先生たちが四苦八苦して答えるのがほんと面白いし、結構為になった。

2011年9月7日水曜日

復帰作業

今日は朝から日本晴れ。一日を通して雲ひとつない天気だった。木工小屋の屋根、先日の台風で一部飛んでいってしまった。そのやり直しを朝からボチボチと始めた。更に屋根横の部材、破風というものの取り付け行った。


お手伝いの(というか、彼が主体で自分の方がお手伝いといったほうが正しいのだけど)近所の大工さんも駆けつけてくれた。

当家は、周りを木々に囲まれているので、それらが防風林となり、かなりの風を防いでくれる。のだが、、、。一部開口部がある。ちょうど木工小屋の裏に、ぽっかりとある。2つの小川が合流し、そしてまた二筋の流れとなって下流に進む。そこに木々の切れ間があり、川の上空がトンネルのようになり、風が侵入してくるのだろう。


その侵入をモロに木工小屋の屋根が受けている。拭き上げる風に煽られて、シートが持ち上げられたと推定できる。

さて、その再作業。広い集めたシートをジグソーパズルのように、再配置。敗れた箇所を重ねあわせる。その結果、約畳2枚程度の欠損となった。それを新たに求めたシートで埋めて、復帰作業完了となりました。


それに加え、本日は、破風の設置。そして、その上に屋根の縁となる、唐草という部材も張る作業まで進みました。これを受けて、今度はいよいよ屋根材を張る作業に進むことができる。地道に少しずつ。雪の降る前までには完了したい。

2011年9月5日月曜日

台風12号

 とても大型の台風だったようで、本日9月5日午後5時NHKによると28名死亡56名不明だという。とにかく雨が激しい。この地でももう4日になるだろうか、ずっと雨模様だ。台風一過で普通は晴れるのに、今回はいつまでも雨が続く。8月の下旬、前線の居座って雨が多かったのでここしばらく雨ばかりの印象だ。

昨日は、風も強かった。突風が吹いていろいろなものを撒き散らかした。当家のひまわりも堪らずダウン。無残な姿となった。種を採ろうと思っていたのだが、大丈夫だろうか。


近所の人の家では、深夜に立木が倒れ、電気の引き込み線に寄りかかってしまったとか。電力会社に連絡したら、明朝、立木の撤去に来てくれたとか。大きな被害もなく良かった。多分、いろいろなところで同じような状況があったのだろう、停電がいたるところであったと聞く。当家も深夜に停電だった。トイレに起きたら真っ暗。手探りで用をたした。

今回の最大の被害は、建築中の木工小屋。屋根の防水シートが風で飛ばされてしまった。断熱材と野地板を乗せて、その上に防水のシートが被せてあった。本来はその上にガリバリウム鉄板を張るはずだが、そこまで作業が進んでおらず、ブルーシートが被せてあった。突風で約4分の1の面積のシートが破れて地に着いていた。


雨の中、とりあえずブルーシートだけを再度かけ直しておいたが、やはりそれでは雨漏りは免れることはできなかった。早く止んで欲しい。

2011年9月1日木曜日

ダックスホンダ

お盆に帰省の折、コンビニで集結している集団がいた。ダックホンダの集団だ。懐かしさにジロジロ。話しかけてみると、中古を購入してリストアしたものだという。ある者は塗装して自分の好みしたオリジナル装丁。ある者は発売時のままになるべく近づける装丁。集まって、近場をツーリングするのだそうだ。


たまたま、そこにいた同年の我が友人、「俺も実は47年製のダックスホンダを持っているんだ。オリジナルでずっと所有しているのだ」と、その若者相手に自慢。年甲斐もない。でも、若者はそれがどうしたっていう顔。相手にされていない。残念だったね。


実は、青春時代に我が身もこのバイクを乗り回していた。短足胴長のスタイル。ハンドルを折りたためば、コンパクトになり、車のトランクに摘むことができるとのうたい文句だ。実のところ、その重さ故、ほとんどの人は車には積まなかったけど。でも商用車のスーパーカブじゃなく、レジャーテイストが強いこのバイクに人気があった。

我がお袋も時折、息子のバイクを拝借。自転車じゃちょっと億劫、という距離は、これでお出かけしていた。学校で「お前の母ちゃん、ダックスホンダに乗っていたぜ」って言われてちょっぴり恥ずかしい思いをした。お袋は、見てくれよりも便利さの方を優先したかったのだろうな。そんなバイクも大学卒業と共に、誰がに譲ってしまった。あれが、今あれば良いのにな、、と思う。

2011年8月31日水曜日

忙しかった8月

8月は本当に忙しかった。特別なイベントが有ったわけでもないのに、ほんと忙しかった。まずは、大工のお仕事、セルフビルド、農作業というか草刈り、お盆の帰省、そして新たなお仕事として木工家具職人。


8月後半は、よく雨が降った。そのおかげか庭の草の成長が著しい。1週間も経てば膝を超えてしまうような勢い。先週、草刈機で刈ったのにもうこれか、、と。

おまけに、今年からお借りした100坪を超える畑。こちらも草ボウボウ。じゃがいもも収穫もままならず。まずは当面食べるだけを掘ったが、あとまだ7割がたそのままにしてある。だれか欲しい人、掘っていってぇ~って言う感じ。

木工小屋もまだ、屋根張ってないし、、。やることがいっぱいです。


おまけに、作ったスツールが思いの外好評で、ボチボチ注文が来る。その作風を見てかどうか、こんなの作ってと別注文。テーブル、イス、カウンターと。まだまだ、3件ほどのバックオーダーがあると、うれしい悲鳴です。今日も草ボウボウの庭を見ながら、建築途中の木工小屋で、木工作業を頑張りました。

2011年8月20日土曜日

計算尺

お盆に帰省した際に、計算尺を発見した。大学時代に購入したものだ。確か計算尺持ち込みのテストがあって、これで計算して解答したような記憶がある。

ところが、今は掛け算をする方法も分からない状態。

当時、検定試験もあったような。そろばんの級と同じような感じで、計算尺を使ってかけ算やわり算をして、一定の点をとれば、あなたは何級と認定してくれる。友人の中にはこれに挑戦する人もいたけど、自分はそんな意欲なし。 100パーセント付け焼刃。やはり自分のものにならなかった。


そもそも、計算尺ってやつはアナログちっくと言うか、人間的というか、キッチリ答えを出してくれない。だいたいなのだ。得られる答え(有効桁数)は3桁か4桁がいいところ。そしてケタ取りは、人間が考えなければならない。

例えば、1234 x 5678 を計算するとする。今なら電卓で、 7006652と一発だ。けど、計算尺は1234の一のケタ「4」の指定が怪しくなる、5678の「8」だって、かなりいいかげん。尺上の目盛りで、これらの数値を指定するわけなのだから、老眼の目にとっては尚更だ。

得られる答えも、7に近いところのようだけどねぇ、、、、。とても4桁目が6とは確信できません。写真で見てのとおり。目盛りが読めるでしょうか。 

それに、7十万なのか、7百万なのか。4桁同士の計算だから、答えは7桁か8桁だよね、、っと自分で予想をしておかなくてはいけない。

そんな制約というか、技を習得すれば、そこそこ便利なツールだ。三角関数やべき乗の計算もできるしねぇ。でも当時登場して、瞬く間に安くなった電卓には太刀打ちできず、市場から姿を消しちゃった。

我々が最後の計算尺を習った世代か? 実社会では使った経験なし。ということで、40年間、我が計算尺は実家で静かに眠っていました。

2011年7月26日火曜日

大工のお仕事

できることは何でもチャレンジ。と言えば聞こえが良いが、現金収入のためになりふり構わずというべきか、、。

今度は大工のお仕事だ。こちらで知り合った大工さんから時間ある?手伝ってくれる?と。はい、喜んで。っと二つ返事。


そして今日。清里近くの別荘にある古いデッキを更新する依頼があったのだそうだ。作業は古いデッキの撤去だ。10年前に設置したのだそうだ。雨露にあたり、スカスカな部分がちらほら。不用意に歩けば踏み抜いちゃう可能性が出てきた。ホームセンターでも売っているSPF材のようなので、やはり水に弱い。チャンと塗料が塗ってあるのだが、それも役に立ってない。


そんな状態なので、作業はある意味ラクチン。バールを隙間に挿し込めば、バキバキと剥がれてくる。予定した時間よりかなり前倒しで終了。まずは、スムーズな出足でした。

2011年7月25日月曜日

自然農

お借りした畑、収穫第一号はズッキーニだ。種から育てて約2ヶ月半。2週間ぶりに畑に行ってみたら、チョット育ち過ぎた感じのそれが横たわっていた。この野菜は大きくなっても味は変わらないからきっと美味しいだろう。

じゃがいももそろそろ収穫できる部分もある雰囲気。当面は食べるだけちょっとずつ収穫していくつもり。上の葉っぱが枯れちゃうと日光あたるので、いも自体の温度が上がり、悪くなっちゃうのだそうだ。そうなる前に全部収穫しなきゃいけない。

実はじゃがいものまわりは、雑草に囲まれちゃっている状態。農家の人達はこの状態はとても恥ずかしいと思うのだそうだ。サボっていると思われるのが嫌なのだ。そう思うのは同じかもしれないけど、我々のハードルはウンと低い。成り行きまかせの自然農だ、、と開き直り。

ふと見ると、コガネムシが雑草の葉っぱにとまっている。ほとんどの葉っぱを食べっちゃっている。我々にとって大事なじゃがいもは無傷だ。そう、これこそが雑草との共存共栄。自然農の効用。と自画自賛です。

2011年7月24日日曜日

山岳ガイド

山岳ガイドのアルバイト。東京の中学生150名が林間学校で原村のペンションに滞在。二日目のアクティビティとして、車山から八島湿原までのハイキングを行う。そのガイドのお仕事だ。


実を言うと、ガイドができるだけの周辺の知識がない我が身。ついでにいうと、こちらに来て移動は車ばかり。かつては通勤や客先訪問の移動は電車だった。乗るためにそこそこの距離を歩いていた。階段を登ったり降りたり。今はそれさえも無い状態。体力的にもかなり心細い、というのが本音だ。とても心配なので、3日前に下見したら、まあなんとかなった。なので当日もなんとかなると踏んだ。


そして当日。ガイドというより、実は付き添い補助作業だった。一言で言えば、生徒たちは山歩きを舐めきっていた。街を歩くような感覚。スニーカーの紐も結び直さずブカブカ。山道をふざけて走ったり、人を突っついたり。遅れて歩く生徒を拾って、グループの先頭に送るが、気がつくと後ろに来ている。先生ぇ、ちゃんと見てっよぉ、、って感じ。

結果として捻挫4名となりました。 内一人は腰も打って痛いという。三角巾やバンダナで患部を固定してなんとか歩ける状態にして、3人は完走。1人リタイア。ああ、残念。これで山歩きが嫌いになる生徒がいるとか。そうならないようお願いします。

2011年7月14日木曜日

畑と田んぼ

畑は草ぼうぼうだ。ほんの3週間前に最後の種まきをした。その時は、種のまわりには草は全くなかったのに今は、膝にも届こうほどに伸びてきている。夜に雨、日中はガンガンの日差しが続いたおかげだろう。


朝一に草刈りに出かけてみると、蒔いた種はチャンと芽を出しているのに、それを上まっていろいろな草が背丈を伸ばしている。どれが育てているナスの苗かどうか。”ウォーリーをさがせ”状態だ。

おまけに種まきが遅かったため、未だヒョロヒョロだ。よその畑を見れば、まもなく収穫できそうな立派な実がついているところもあるのに。まあ、長い目で見ましょ。



田んぼの方は、順調のようだ。田んぼというのは水加減が難しいのだそうだ。特に田植え直後は。苗代が水の下にくぐらいないよう、だけど干上がらないよう。調整の水門を絞ったり開けたり。毎日でも見回りに行きたいほどのことだ。地道な努力で順調に来ているようだ。

2011年7月6日水曜日

山形のさくらんぼ

故あって山形県上山市に行くことになった。当初は東京に出て新幹線で、思っていた。が、調べたら車でも行けそうだと。長野自動車道、上信越自動車道、日本海東北自動車道と乗り継ぐと、片道450km。最後の100kmは一般道の国道113号線だ。新潟もスキーで行くぐらいで市内は行ったことが無い。立ち寄ってみても良いとも考えた。


時間はあるが金は厳しい今の境遇。新潟での一泊は車内とした。道の駅で寝ている人もいる。我々もそうしようと。で、市内にあるふるさと村に停車。明けて日曜日は早朝から賑やかだった。看板には早朝6時から朝市とあるが、5時から人がぞろぞろ。野菜を中心に売り場が立つ。価格はリーズナブルじゃありませんか。思わず玉ねぎ、人参、じゃがいもなどなど日持ちの効く野菜をゲット。そして山形目指して出発。


高速を出て一般道。ここが思いの外良かった。一般道とは言え、早朝のドライブ。みんな気持よくブンブン飛ばしている。おまけに途中の景色が良い。荒川という川にモヤがかかり墨絵の世界。後で聞けば、ここは紅葉がまた良いのだそうだ。山間のワインディング・ロードのドライブ。運転好きにはちょっとうれしいルート。2年前に行ったイギリスのドライブを思い出した。

最終日は、山形でさくらんぼ狩り。いたるところに高く張ったハウスがある。さくらんぼも雨に弱いらしい。ビニール屋根が掛けてある。連れて行かれたのが高橋フルーツランド。若き二代目が対応してくれた。あわよくば、さくらんぼも我が庭で育成出来ればと、矢継ぎ早の質問。育成は種、苗?肥料?剪定方法?雨対策?交配方法?収穫時期?などなど。すべての質問に丁寧に答えてくれました。感謝。


さくらんぼは、接木で増やすのだそうだ。そして、一番大変な作業は摘果だそうだ。ほっておけば一房10個程度実がつくのだが、そのうち7個程度を、小さいうちに摘んでしまう。「もう、嫌になります」と二代目は言ってました。

その厳しい作業のおかげで甘い美味しいさくらんぼ。お腹いっぱいいただきました。ごちそうさま。