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2016年1月4日月曜日

木曽路

正月3日は恒例の宴会の日だ。高校の友人がいつも集まる。その出席のため、軽トラでボチボチと愛知県までドライブ。実家に一宿一飯のお世話になり、翌日には帰宅する予定。

行きは 、中央道、伊勢湾岸自動車道路を使って、3時間ちょっとの旅。宴会は夕方からだから出発はゆっくりでよい。その夜は飲んで騒いで、、、。

さて翌日、帰りに同じ道を通るのも面白くない。と言って高速道路でで別ルートだと、とんでもなく遠回り。高速を使わないで帰るとしたら、、、とグーグルでルート検索。どうも国道19号を使って塩尻経由が良い感じ。すこし遠回りだけど、これまで通ったことのない道だし。


 中津川あたりで、中央道と並行するけど、高速は恵那山トンネルで山を越え天竜川沿いの経路になる。19号は、木曽川沿いの木曽路だ。JR中央西線と並行している。学生時代になぜか良く乗った電車だ。そう言えば、途中に寝覚の床とかいう観光スポットがあったような、、、、。電車の車掌さんの車内放送で案内があって、窓の外をみたけど、何がなんだかわからなかった。そんなことも思い出した。

行ってみると、そこにある看板に意外な説明がある。浦島太郎がこの地で玉手箱を開けたのだそうだ。 竜宮城は海の中のはず。なんでこんな山深いところで、、、、、、と疑問が、、。


お腹もすいてきた。道の駅「木曽福島」に立ち寄り。ここから去年噴火した御嶽山が見える。今日はちょっと雲が邪魔だったけど。




ここで食べた天ぷらせいろは美味しかった。揚げたての天ぷら。腰のあるソバ。もうちょっと量があると満点なんだけどね。

行って帰って500km。あまり運転が好きじゃない身としては、良くやったと自分を褒めたい。 御苦労さま。


当地特産のへきなん美人、ゲットしました。今年は一箱だけど。でも心から感謝。

2014年4月17日木曜日

高遠のさくら

前夜、実家から突然の電話。曰く、母親が心不全で意識不明、緊急入院、、、と。

約束事を全部キャンセルして、朝一に車で実家の愛知に向かった。7時に出れば11時前に到着する心づもり。気は急くがここは一番安全運転、、、と中央高速に乗り巡航速度。

伊那の辺りを進んでいると、またまた突然の電話。曰く、意識がもどり容態も安定、、、と。んん~。どうする、、、進む、戻る、、と選択を迫られた、、、、。

実は春はとても忙しい。母には申し訳ないけど、戻ることしよ、、、。そして、、ただ戻るのはもったいない。場所は伊那。時は春。桜満開ともテレビでたまたま見ていた。帰り道、高遠に寄ろう、、、誠に不心得的な発想が出てしまった。

伊那北インターを出て一路、高遠城址に向かった。近くは既に渋滞が始まっていた。多くの交通整理係の人が道に出て案内。公園の駐車場は満車です。こちらの無料駐車場をご利用下さい、、と。無料の言葉に弱い当方は迷わずその誘導に従った。

歩いて上り坂を上ること約15分。無事城址公園に到着。まあ見事なコヒガンザクラだ、見渡す限りの。丘の上の敷地に覆う桜の木々。その花びらで空も見えず。ピンクに覆われた空間だった。

移住して5年。一度もこの時期にここを訪ねたことが無かった。近いのだらから一度は行きたいと思っていても、春はとにかくやることが多いのだ。


そんな俺達に、母親が与えてくれたひと時の休息。感謝

2014年4月13日日曜日

村民の森2014

原村にも春が来た。まだ桜の開花は先だけど、雪はほとんど溶けて茶色の地面の下から緑がちらほらの状態になってきた。

本日は、近くの村民の森にスタッフが集合。今年の整備計画をするための下見をした。大雪のせいで、弱っている樹木は、その重みのため立っていられなくなる。例年より倒れたり、傾いたりしている木々が目立つ。伐採が必要なものに目印をつけて、時期を見て間伐をすることになる。

村民の森を示す看板も、経過する時間に勝てず痛んできていた。本日それも更新。シラカバの小枝でなんとも起用に文字を作ってきたスタッフさん。インパクトドライバーで打ち付けて完成。



森を散策すると、貴重なオブジェを発見。真っ白なタヌキだ。残念ながら絶命していた。交通事故だろうか、前足付根に損傷の跡がある。骨折しているのだろうか。



この白いタヌキ。なんどか目撃されていて、我家の近くにもその存在をしらせえる立て札が立っていた。これをそれだったのか?まあ、残念な発見の仕方だった。冥福を祈ります。

さて、来月は、この村民の森のイベントとして「食べられる野草観察会」を企画している。森で採取できる野草を採って、その場で調理して食べてしまおうというもの。実は運営担当を当方がおおせえつかっている。天ぷら、おひたし、そしてご飯に炊き込むなどを予定している。参加希望は原村ホームページにて詳細を!


2014年2月14日金曜日

入笠山ハイキングコース

本日は大雪のため、スキー教室は中止との連絡があった。川崎市の中学生が自然教室イベントとしてスキー体験をする三日目だったのに。大雪のため、中央道が通行止めとなれば、帰れなくなる。急遽スケジュールを早めたのだろう。あんなにスキーが楽しいと言ってくれいた生徒達もさぞ残念がっているに違いない。

スキー場は我家から10km程度西にある。谷を挟んで向こう側だ。毎朝の通勤途中に全景が見える。山頂近くにハートマークがあるということで、恋人の聖地に登録されているのだとか。確かに横になったハートがある。


そこへは、ゴンドラに乗って麓から10分の入笠山頂上付近。ゲレンデが林を挟んで左右に分かれ、また合流しているので、島状の林になっているためだ。


ゴンドラ終点に登れば、対面する八ヶ岳の全景が見える。八ヶ岳で一番高いのは、赤岳で2,899m。原村から手前の阿弥陀岳に隠れて見ることできないが、ここに来れば頭を出す。


ところで、この時期ゴンドラに乗るのはスキーヤーやボーダーだけではない。冬の入笠山や湿原を目指す人たちも結構な数いる。先日もたまたま出会った一行。人間と犬達のパーティーだ。人間はスノーシュー、犬達はソックスを履いての完璧雪山装備。雪のおかげで、夏には入れない湿原にもドンドン歩いて入って行けるのだそうだ。


一度試してみたいと思ってはいるけど、なかなか実現しないチャレンジだ。

2014年1月4日土曜日

2014年正月

またまた年が明けた。新年だ。といっても今日はもう4日。ドンドン時は過ぎて行く。こちらに移住後既に5年。ちょっとマンネリというか、馴染んできたと言ったら良いか。新鮮さが低下していて、生活をブログネタにする意欲低下した年だった。と、、更新が少なかった言い訳。

でも、久しぶりな人たちと会うと、ブログを見ていてくれる人が多数いる。そんな人たちに申し訳ないと反省した新年でした。

ということで、今年はもうちょっと頑張りますよ!、、、とこれが我が今年の抱負である。

同時に宿泊業・飲食業開業を果たすべくというか、もう開業した?いやまだまだ、、。と煮え切らない状態の我が家の新規ビジネス。その状況を報告すべくフェースブックも我が担当になったので、間もなくこちらもオープン予定。鋭意勉強中。

さて、昨年同様、3日4日と帰郷。懐かしい友との馬鹿騒ぎ。酒、近況報告、家族の話、介護、孫、仕事、引退、年金、愚痴、そしてビンゴで景品。いつ変わらぬ楽しい時間を過ごした。高校で過ごしたのはただの3年なのに、その後の人生、毎年盆正月に集まる仲間。よくまあ飽きないもの。実に40年を超えるお付き合いだ。特に毎年永世永久幹事さんに脱帽です。今後もよろしく。


さてさて、その行き帰り、いつも寄るのはこのパーキング・エリア。神坂。名古屋方面から言うと、恵那山トンネルの手前で、諏訪と三河の道中のほぼ中間地点。中山道の馬籠に徒歩で行けるのでついでに観光気分も味わえるお得なスポットなのだ。


帰り道、ちょうどお昼時となった。昨年は脚を伸ばして馬籠宿に行ったけど、今年はエリア内ですまそ、、、と。昼ご飯に選んだのは、「湯舟の沢そば」。丼を横切るアマゴがうれしい。目がちょっと恨めしそうだけど、味は最高。出汁で煮てあるのだろうか。頭も骨も柔らかい。蕎麦も美味しかった。


今回、実家の押入れで若かりし頃の写真を発見。その中に妻籠、馬籠を訪れたときの奴が出てきた。学生だった頃、バイト先のガソリンスタンドが何とアルバイト身分の我々もタクシーに分乗させて、連れてきてくれた。その時は、年取ってこのような形で再度訪れるとは露知らずだな。隣は先の万年幹事殿。改めて今後もよろしくね。

2013年9月25日水曜日

海のリゾート

秋の三連休最終日、愛知にある実家のお袋を見舞いに出かけた。ひ孫も披露したいしと。今年85歳のお袋はひ孫を見て、「かわいい、かわいい」を連発。見せた甲斐があったというものだ。


そして、三河湾に足を延ばした。宿は「プロが選んだ日本のホテル・旅館100選&日本の小宿 2014年度版」にも掲載されているホテル東海園だ。豪華なたたずまい、設備も充実している。窓が横に広がるロビーから見る三河湾は、とても美しい。正面は渥美半島、右手に知多半島、そして点在する島々。青い水。来たあ、リゾートだ、、、って言う感じだ。


連休最終日なので、お客さんが少ないのはしょうがないのかな。設備はちょっと老朽化しているけどお手入れは頑張っている感じ。従業員の人達の対応も気持ち良い。お風呂は眺望抜群の大浴場に露天風呂。夕食は、料理長が腕をふるった刺身、すき焼鉄板焼、天ぷら、茶碗蒸し、アワビの蒸し焼きなどなど超多品目な豪華版だ。もっと会社の慰安旅行に利用してあげて欲しいと祈りたい。

翌日は、さらに足を延ばしてラグーナ蒲郡。着いてみると広い敷地に芝生、ヤシの木、そして潮風とリゾート感満載だ。ここはハワイじゃねぇ、、、と思わせるぞ。ショッピングセンターを潜り抜けると、ヨットハーバーだ。ニホン・チャレンジ・クルージングの案内をしている。40分2,000円ですと呼び込みのお兄さん。間もなく出港です!と。


そうそう、アメリカズ・カップに挑戦するため、ここ蒲郡を拠点に頑張っていた。あの後どうなったのか、しばらくニュースを聞かなかったけど。経済の低迷で資金が続かなかったのか。

まあ、今回ニホン・チャレンジ乗船は見送る事にして、次回へのお楽しみを残すことにした。

2013年1月28日月曜日

諏訪湖のオオワシ

娘のお友達が厳寒の当地を訪問いただいた。2月に出産を控えた娘をお見舞いに。ちょうど諏訪湖の御神渡り(おみわたり)が見られる時期なので諏訪湖に案内した。

温暖化の影響か、諏訪湖が凍結しない年もチラホラある近年だが、昨年今年と御渡りがチャンと発生した。ローカルニュースでも詳しく報じていた。この御渡り、諏訪大社上社の男の神様が、湖向こう岸の下社の女の神様に会いに渡った跡だとか。なんとも日本の神様はおおらかと言うか、人間ぽいと言うか微笑ましい。

諏訪湖に到着すると、ヨットハーバーに人が集まって沖を眺めている。ここで御渡りが見られるのかと推察して、我々もその仲間に。


と、そこに超望遠レンズで沖を狙う集団。何狙っているですか?と話しかけてみる。毎年来るオオワシです、、と。あのピンクのビルの横の白い建物方向にいる。我々、目を凝らしても何も見えず。そうしていたら、双眼鏡を貸してくれたり、カメラを覗かせてくれたりの大サービス。感謝。

因みに御渡りは、今日の暖かさで解けちゃいました、、、と素気無いアドバイスもいただきました。改めて感謝です。

帰って調べてみると、諏訪湖のオオワシニュースになるほどの事件らしい。

2013年1月7日月曜日

寄り道

お正月もあっと言う間に終わり。今年は曜日まわりが良いようで、今日まで休みという現役の人も多いだろうとのニュースで聞いた。おおよそは明日から仕事を始める人が多いのだろう。

正月は、久々の遠出もした。我が故郷では、彼これ35年になるか高校時代の仲間が盆正月に集まりがある。集まって飲んで語るがメイン。一応イベントとして、ビンゴがあって賞品がでるが、一位になってもビリになっても出る賞品は、、、。まあそれなりに盛り上がるから文句は言えない。昨年今年に還暦を迎える世代なので、引退は?年金は?との話題でも盛り上がった。後は孫とか病気とかね。同じ時代を過ごしてきた仲間の話題は尽きることがないのだ。

同世代のメンバーたち、総じて現役続行組が多くて、引退組は極々少数。まあ我が身が引退なのか、現役なのかよくわからないけど、一般的には引退色が強いと自覚していますよ。

さて、その遠出の帰り道。寄り道したのは、今年も馬籠宿。でも簡易版だ。中央高速のパーキング・エリア神坂から歩いて行けると以前から知っていた。それをいつかは実行したいと。ちょうど良い機会と思った次第。時間もお昼にかかるところ。蕎麦でも食べよと。


実際に歩いても見ると、その距離1km。15分もあれば到着する。食事前の腹ごなしにもなる。ただ、ダラダラの上り坂で、到着直前に谷を渡るため、下ってそして登りがあるので、息がきれる場面もあるにはある。まあ慌てずに歩けば良いものをどうしても未だ体力以上に頑張ってしまう。


さて到着して、まばらな観光客を縫って、適当なお店を選択。そこで頼んだそば定食についてきた鮎の甘露煮がうまかった。甘辛く煮てあって、頭も尻尾も柔らかい。そう言えば、前の日の飲み会で、魚屋の我が友「川魚でうまいのは鮎」と言っていたなあ。海の幸が豊富な我が故郷の魚屋が川魚を褒めるのは意外な感じがしたけど、その言葉にウソはなかった。



そんな新しい発見があった寄り道だった。

2013年1月2日水曜日

2013年新年

旧い年が明けて、新年になるのだそうだ。なので、「新年明けましておめでとう」は変な言い方だとか。と、最近知った雑学。知らない事がまだまだある。

今年の初詣は、諏訪大社下社秋の宮を選択。去年は、下社春の宮。その前は上社本宮をお参りした。どういう訳かこの地区に4つの諏訪神社があるうちの3社を3年かけてカバー。なぜ4社あるのかは、未だ不勉強な自分だ。


ゆっくり起きた元日の朝、お雑煮は食べてゆったりと出かけたため、本殿の前は長蛇の列。他に予定のない身、ここでものんびりを順番待ちをして、無事お参りを終えた。いろいろ小さな問題や障害はあるけど、総じて無事に暮らす事ができた。感謝致します。この調子で本年もね。


本日二日。外は時々強い横風に雪の寒い日だ。もう一日のんびりと過ごす事にした。

2012年10月14日日曜日

鉄道の日

6月の田植えから4ヶ月。稲刈りの時期が来た。周りの8割がたの田んぼはすでに稲刈りを終えていて、我々のは少しで遅れの感あり。


助っ人3組ほども参加してくれ、2日に渡る稲刈りも無事目処がついた。手刈りなので、一旦はざがけといって、天日干しをして、2~3週間後に脱穀という手筈だ。最近は稲刈り機や乾燥機の普及で稲刈り、脱穀が同時の行われるので、この光景も数えるほどの田んぼでしか見ることができなくなってきている。

稲刈りもほぼ完了に近づいたころ、ふと気がつくと、何やら人が点々と立っている。何かを待っている様子。何だろうと、中の一人に近づいて尋ねる。


と、まもなく特別な電車が通るのだという。古い客車と機動車で、本日に限り運転されるらしい。後30分後に。

と我々も俄か鉄道マニアに変身して、それを待つことに。わが田んぼは絶好のビューポイントだ。近くのすずらんの里駅で電車到来を知らせる警告音がするとまもなく、茶色の客車、前に茶色の機動車、後ろに青い機動車の5両編成が進んできた。みると大勢の乗客も乗っている。


マニアにとっては魅力的な光景なのだろうが、素人にとっては、何と言うことのない電車が通過して行った。それでも何となく得をした気分。感謝。

今日は新橋・横浜間の運行開業したのを記念した鉄道の日で、それを祝い特別列車「中央線記行号」を松本駅~富士見駅間で運行したと後から知った。


2012年8月3日金曜日

高原朝市

夏はほんと、忙しい。なんと言っても草がドンドン生えてくる。これを刈るだけでも大変。それに加えて、畑仕事、田んぼ。自然は待ってくれないのだ。乗り遅れれば、待ったなしで行ってしまう。


なんて言い訳をしても、何の役にもならず。頑張るしかないの。そんな中、さらに忙しくするイベント。高原朝市に出店することにした。何を売る?かは、まあ、やって行きながら考えましょ、、と

7月の21日から、8月末までは毎日。9月は23日までの土日の週末の開催だ。



果たして、やりだして一週間はほんと眠いの一言。24時間ひたすら眠かった。田舎暮らしとは言え、7時起床の我が身。毎朝5時起床は厳しい。6時半から8時まで頑張ろう。

2012年6月12日火曜日

ウォーキング・ツアー・イン原村

それは、4ヶ月前だった。女性軍3人が集まってのオシャベリから生まれた企画だ。自然を散策しながらおいしいものを食べる。イギリスのとある田舎でそんなイベントがあるという。原村でもやれるかも、、と。


ビラを作ってばら撒いたり、ホームページに載せたりの広報。役場に持ちかけて、観光連盟に加入して村の後援を取り付け、コースを設定して下見をし、地図を作り、標識を作り、献立を設定して、試食会し、お知り合いにボランティアをお願いしたりの、その準備は大変そうだった。


男性軍は、ひたすらサポート役。時には快く、時にはしぶしぶ、またある時は「建設的な」意見を申し上げたり。まあ、総じて楽しい役割だった。

その当日、思いもかけず好天に恵まれた。梅雨入りを間近に控えているにもかかわらず。散策にぴったりの陽気になった。「私、晴れ女」と自称する人々のおかげか。

本日のメニューは、
  • ポイント1:前菜、ガレット
  • ポイント2:メイン・ディッシュ、ニジマス・エスカベージュ、ミートローフ、英国風マッシュド・ポテト、ヨモギ・ブレッド、大麦パン
  • ポイント3:デザート、チョコ・タルト、いちごのババロア、4種の紅茶
と自慢の内容だ。


我家の担当は、ポイント2のメイン・ディッシュ。出発からかれこれ1時間か。森の散策を満喫した楽しいそうな面々にそろそろお腹のすいた頃のタイミング。

室内では、山の音楽家による生演奏。森の雰囲気に合わせてやわらかい音色をご披露いただいた。プロのカメラマンも最近お知り合いになった。彼に写真撮影を頼んじゃおうって、ほんと、みなさんに盛り上げていただき感謝。


地元の新聞社が2社も取材に訪れた。お客様対応に忙しいのに、取材はねぇ、、と、うれしい気持ちを抑えての、そっけない態度でゴメン。


総距離約10km。ゴール後のアンケート「また、参加したいですか?」の問いに全員が「はい」だった。満足いただけたのだろうか。スタッフはみな楽しい日となった。

2012年2月23日木曜日

富士山と八ヶ岳

富士見パノラマリゾートは、入笠山の斜面に広がるスキー場だ。八ヶ岳を正面に、右に北アルプス、左に南アルプス、遠目に富士山も望める。晴れれば絶景なのだ。

ゴンドラに乗れば、次々変わる山の風景が楽しむことができる。所要時間約10分。


ゴンドラ内で、写真で八ヶ岳の山々の名前も写真で紹介してある。一番高い山が赤岳で2,899m、原村からいつも見ている阿弥陀岳は、2,805mだ。

そしてその下にこの地に伝わる民話が紹介してある。かつては八ヶ岳が日本一高いやまだった。それが、今のようにデコボコの一連の山並になった経緯が説明されている。やはりおらが山が日本一と言いたいだろうな。

以前、我が家の訪問者にも、教えていただいた記憶がある。その筋書きと同じだ。


写真をスキャナープリンタ付属のテキスト変換ソフトで簡単に取り出す事が出来るので、ここでも紹介。著作権問題が発生した場合は即削除するのであしからず。


富士山と八ヶ岳 

八ヶ岳は昔、今の富士山より高かったと言う。
ある時、富上山の女神士八ヶ岳の男神とが、高さの争いを始め、

「私の方が高い」

と男神の八ヶ岳はゆずらないが、

「いいえ私の方が高い」

と富士の女神もなかなか負けてはいなかった。

そこで両方の神は

「致し方ない、とにかく阿弥陀如来さまに仲裁を頼もう」

ということになった。

如来さまもこの仲裁には閉口して

「それは困った事だ、よし、水は正直だから水で決めよう。わしはお前さんたちの頭から頭へ樋を架けて水を流し込むことにする。低い方へ水は流れるからな」

と如来様は苦心の末、八ヶ岳の頂士から富上山の頂上に樋を架けた。

やがて水を流し込むとそれは富士山の頂上へ流れ落ちた。如来さまは

「争いをするな、女神、お前の方が低い」

と言った。

如来さまの宣言で、富士山は負けたが、女でこそあれ気の強い女神は負けた悔しさから、八ヶ岳の頭を長い太い棒でたたいた。

すると頭が八つに割れ、現在の峯ができたと伝えられています。

2012年1月31日火曜日

安全講習会

先日の怪我人発生を受けて、スキーの安全を再度確認しよう、インストラクター対象のスノーアカデミーによる安全講習会があった。


主体はスキー経験者の班にて発生するだろう事故が対象なので、ほとんど初心者担当の当方としては、あまりお呼びじゃあない感じ。だけど知識としては無駄にならないと積極的な気持ちを持っての参加だ。

ここ富士見パノラマリゾートスキー場は大きく3本のゲレンデから成っている。初心者用ファミリーゲレンデ、初心者中級者用センターゲレンデ、中級者上級者用3kmダウンヒルだ。3kmダウンヒルは、複数のゲレンデ分かれていてそれぞれに名前が付いている。

中でもリンデンは、そそり立った壁で、少しは滑れる中級者じゃあ、ビビっちゃうことがあるらしい。そんな時インストラクターとしてどうするか。以下の対処から選択だ
  1. 事前に生徒の技量を見極めて、ダメと思ったらリンデンに近づかない
  2. 精神的に支える。「気を落ち着けて」「ゆっくり行こ」「大丈夫」などの声掛け
  3. バックボーゲンで支えてズルズル滑っていく
  4. 横滑りで連なってズルズル滑っていく
スキーを外して歩くのは返って事故の元とのこと。スキーブーツじゃあとても歩けたものじゃあないとの指摘だ。3番4番のチョイスをインストラクター間で実施してみたけど、バックボーゲンをする方は楽だけど、支えられる方が逆に怖い。つまり生徒はより怖さが増す感じで、これじゃもっと怖くなってビビっちゃうじゃん。まあ、実質的なやり方は、生徒を山側に支えてズルズル横滑りしていくことかな。


でも一人ならいいけど、二人がビビっちゃったらもうお手上げだな。ここのスキー場3kmダウンヒルは迂回コースがないのが、ほんとつらいなあと思うのだ。

その他、事故発生時の対処についてパトロールの人のしゃべりが1時間ほど。

事故発生時はまずは安全の確保。これ以上事故が拡大しないよう。そしてアピール。後続が飛び込んでこないようにスキー板をバッテンに刺す。近くの人に助けを依頼。パトロールに連絡。必要なら怪我人を安全な場所に移動。班の他メンバーへの指示などなど。一連の手順をちゃんと踏みましょう。

まあ、事故のないことが一番です。安全に安全に。

2012年1月27日金曜日

先生は大変 やっぱ

先日の続き。身勝手な行動満載グループは恐るべしだ。「滑る時は先生が先頭ですよ」の声は届いていても、簡単に踏みにじられた。「先生より絶対に前にでない」と何度言っても、その場は「はい」と返事はあるが、しばらくすると前に出ている。それは決まった女子二人。

同じ班の男子4名はなんとも大人しく素直。別の二人の女子も聞き分けが良い。チョット音無しの構えの気があるけど。


進む方向とスピードをコントロールすることが、グループを率いて安全にスキーを滑るためには必須であるところ。常にインストラクターが進行の先頭に立ち、班を導くこと。生徒の勝手な滑りはスノーアカデミーで特に戒めている。その大前提が脅かされることは、正に恐怖だ。

二日目の最終滑走で、その女子二人が奇声を上げながらの大暴走。ゲレンデ下に見える学校の先生目掛けて滑っていく。口じゃあ「止まらないぃ~」とは言っているが、実はスピートコントロールする術は充分に身に付いていること明白。これが、彼らのアピール方法なのだろう。先生のまわりには、スキーを終えた他の班が群がっている。二人を追い越し、両手を広げてスピードを緩めることになった。こちらも大声を上げたので多くの人が顔を向けた。なんともカッコの悪いこと。

レッスンを終えてのインストラクターミーティング。先輩同僚がニヤニヤして「大変だったねぇ」って慰めてくれた。ほんと大変だった。どうも他の班でも似たり寄ったりの状況だったようで、反抗的な態度が多かったよう。これが学校の空気なのだろうか。

見ていると生徒は先生でもタメ口が多い感じ。先生に雪をぶつけたり。先生生徒の関係よりお友達のようなイメージなのは気のせいか。

最終日のインストラクターミーティング。今回怪我が数名発生。加えて「本日は体調不良で途中休みをとる生徒が続出でした。聞き取りをすると、どうも体調よりもスキーが楽しくなかったようです」とのこと。そう言えばあの女子二人も「吐きそう」って朝一で言ってなあ。スキーなんかやりたくないとの気持ちを持っての参加なのだろうか。

そんな生徒たちを率いる学校教師っていう職業はやっぱ大変。自分勝手行動満載の生徒に加え、モンスターペアレンツが存在し、体罰は許されないとしたら、先生の立つ瀬が無いよなとつくづく思う次第だ。教師の権威はどこへ行ったのか。

2012年1月25日水曜日

先生は大変

中学校のスキー教室(正式には自然教室というらしい)は、一日目は午後から、二日目終日、三日目午前中という日程で行う。中学1年生の生徒さんたちとは三日のお付き合いとなるわけだ。

まあ、生徒は千差万別いろいろなタイプがいて、ある意味興味深い、、、、、が、スキーレッスンを進めるにあたって実害が出てくるとそうとばかり言ってられない。


例えば、担当班のメンバーリストに「運動が苦手なグループ」とある。会ってみると8名の内3人がポッチャリタイプ。これはチョット肉体的に頑張らりゃないかんと予想。そしてそれは的中し、その3人揃いも揃って転んだら自分で立てない。持ち上げる時に「うんっとこしょ」と気合を入れないとね。他のメンバーも日頃運動不足なのか非力で股関節が硬い。なかなかボーゲンの形が身につかない。でも、他の班が上達して別のゲレンデに行っちゃった後の空っぽのゲレンデ。直滑降で思う存分滑って満足したね。

別のグループ。今度は音無しの構え。何を言っても反応が無い。分かったのか分からいないのか。楽しいのか辛いのか。表情不明。まあ、ニット帽を深くかぶりゴーグルをしていれば顔の表情は見えないけど、反応の言葉や態度が普通あるでしょ。それが微弱なので、チョット不気味。でも最後に、感想を一人一人聞けば、楽しかったとの反応だった。

そして、今回。身勝手な行動満載グループ。人の話を聞いてない。 止まる練習のはずが、ゲレンデを延々と滑って行ってしまう。振り向けば、雪の上で寝ている奴がいる。うまくいってもいかなくてもキャッキャと高笑い。「先生、早く滑りたい」「もう疲れた」「スキーが履けない」ほんと疲れるのはこっちだよ。「滑る時は先生が先頭ですよ」の言葉は届いたのかどうか。明日が怖い。

時々、神様は不公平と思う。すべての子がスポーツ万能で、素直で頭脳明晰にしてくれれば良いのに。そうはしないのか、できない神様側の事情があるのでしょう。

そんな子供たちとも、我々は三日も付き合えば、おさらばの立場。我慢もできよう。が、彼らと1年から3年の長きに渡って付き合っていく学校教師は、ほんと大変でご苦労な職業だと思う。感謝。

2012年1月20日金曜日

富士見小学校スキー教室

本日は地元富士見小学校のスキー教室。一年二年の生徒たちが学校から歩いてスキー場にやってきた。


スノーアカデミーとしては、スキー場維持に多大なる恩恵をいただいてる地元のみなさまに少しでも報いるために最大限のサービスを提供したい。我々インストラクターとしても、地元から将来オリンピック出場できる子がいれば、、、、と

担当は二年生6名。まあ、人懐っこい子達で、遠慮というものを知らない。物怖じもしない。すぐに仲良しに。先生、靴が履けな~い。スキーが履けな~い。ストックとってぇ。ゴーグル持ってて、、、、、と矢継ぎ早の要求だ。

歩いても来れるスキー場なのに、実は担当した子供たち、スキーをするのは今度で2回目。一年前のスキー教室でやったきりなのだという。ハの字で止まることも覚束ない感じだ。

でも、ちょっと背伸びをして、スキーを履いて30分、リフトに乗った。おっかなビックリだけど、なんとかなるもの。全員があっという間に、スイスイと。「曲がる方向に腕を出してぇ~」と言うとグィーっと曲がってくる。「もっとスピード出してぇ~」とドンドン滑りましょ。

2年生諸君、難しいスキー技術説明しても、理解不能だし、第一聞こうという気持ちより、滑りたいと気持ちのほうがはるかに優っている。滑ってりゃ自然に体で覚えるもの。

平日の今日、空いているゲレンデを広く使って、いつもはできない放牧的スキー教室を行いました。とても楽しかった。

2012年1月9日月曜日

スキーのお仕事

今年も始まりましたスキーのお仕事。場所は富士見パノラマ・リゾート。中央高速諏訪南インターから7分というアクセスの良いスキー場だ。我が家から15分もあれば充分。

5日は研修ということで、午前中はDVDを見ながらのスキー初めての人に対する指導方法のお勉強。午後は雪上で実地訓練を受けた。


スクール側の方針としてインストラクター2年目の人も、今年から始める人と同じ研修をすることだそうで、去年受けた内容と全く同じ。申し訳ないけど、チョット退屈。

6日から三日間の講習開始。川崎市の中学1年生の子達だ。今回は女子ばかり10名が当方の担当。素直で飲込みの良い子ばかり。とてもスムーズにカリキュラムが進められる。1日目は午後からスタート。その2時間が済んで、ボーゲンで止まることができるにまでなる。二日目朝にはもうファミリーゲレンデのリフトに乗って、スイスイ、時々コロコロと滑ってくることができる。

後は楽しく滑りましょ。でも、時々は技術的な事を言わなくちゃね。てな気楽な感じ、、、にしたいのだが、、、問題は当方の体力。夏の間何もしなかった我が身、予想通りヘトヘト状態。輪をかけて風邪をもらって、第一日目は帰宅と同時にダウン。二日目辛うじて勤務全う。三日目をヤッとのことで完了。何とかなりました。

本日は休養日で少し余裕が出てきた所で、また明日から頑張ります。

2011年11月30日水曜日

村民の森 間伐講習会

2年前に初めて参加した間伐講習会。またまた、やって来ました今年の間伐講習会。主催は原村のむらづくり専門部会「村民の森」というボラティア・グループだ。5ヘクタールもの村有地の森を整備したり、参加者を募って森を利用したイベントを催している。


間伐のやり方を紹介する講習会もその一環。参加者は、チェーンソーは持っているけど薪割ぐらいしか使ってことがない人が中心だった。チェーンソー使いは2年の程の経験があるだけで、まだ教えるだけの知識が有るわけじゃない我が身、みなさんのサポート役。そして、間伐方法の復習もいっしょにできた一日。

この村民の森イベント。春にはきのこの菌うちや森の観察会。夏には丸太のテーブルやベンチ作りなどなど、森での暮らしの技術を紹介するものが多い。村外県外のの人も参加可能だ。



当日、チェーンソーは昨日買いましたと言う人が立派に15mほどのカラマツを切り倒した。倒れた木を見て、スカっとしますねぇと満足気だった。

2011年7月24日日曜日

山岳ガイド

山岳ガイドのアルバイト。東京の中学生150名が林間学校で原村のペンションに滞在。二日目のアクティビティとして、車山から八島湿原までのハイキングを行う。そのガイドのお仕事だ。


実を言うと、ガイドができるだけの周辺の知識がない我が身。ついでにいうと、こちらに来て移動は車ばかり。かつては通勤や客先訪問の移動は電車だった。乗るためにそこそこの距離を歩いていた。階段を登ったり降りたり。今はそれさえも無い状態。体力的にもかなり心細い、というのが本音だ。とても心配なので、3日前に下見したら、まあなんとかなった。なので当日もなんとかなると踏んだ。


そして当日。ガイドというより、実は付き添い補助作業だった。一言で言えば、生徒たちは山歩きを舐めきっていた。街を歩くような感覚。スニーカーの紐も結び直さずブカブカ。山道をふざけて走ったり、人を突っついたり。遅れて歩く生徒を拾って、グループの先頭に送るが、気がつくと後ろに来ている。先生ぇ、ちゃんと見てっよぉ、、って感じ。

結果として捻挫4名となりました。 内一人は腰も打って痛いという。三角巾やバンダナで患部を固定してなんとか歩ける状態にして、3人は完走。1人リタイア。ああ、残念。これで山歩きが嫌いになる生徒がいるとか。そうならないようお願いします。